10/11 東京個展始まります

無事に搬入終了しました!
たぶん今年最後の展示。
昨年末から展示が続いていたので今回の搬入をおえ、
これまでの様々な心配事やプレッシャーから解放されて眠いのにひとり飲みしております。

中之条ビエンナーレのスペシャルトラックにて運び込まれた作品。
群馬から届けてくれました。
ギャラリー近くの路上でトラックを駐車していたところ、町の人が声をかけてくれたそうです。
中之条ビエンナーレきてくれたって!
廣盛での私の展示も見てくれたって!!
うれしい
上野ー谷中では只今アートリンクを開催ちゅうでして、いろんなアートイベントが開催されています。
http://artlink.jp.org/2011/index.html
おでかけ頂けると幸いです。
旧廣盛り酒造では暗い空間での展示でしたが、ギャラリーKINGYOさんでは自然光がたっぷり入る明るい空間です。
中之条とはまた違った雰囲気になっていて、爽やかな風が吹いたように思います。
明日からの在廊で、たくさんの人とお時間を共有できればとってもうれしいです。
お気軽にお立ち寄りください、ギャラリーにてお待ちしております!!
ギャラリーKINGYO
http://www.gallerykingyo.com/about/info.html

個展の準備中

中之条ビエンナーレが終わってしまい、思い出話を書きたいところだけれど、
個展が近づいているので、しばしおあずけ。
引き続き制作ちゅう。
また朝になってしまった・・・。
かれこれ14時間位制作してる感じかな。
メディウムがすぐなくなってしまう。
トロトロとかして型に流し込みまた溶かして絵具をつくる。
残りわずかな蜜蝋ちゃん、なんとかまかなえますように。
いまのところ、すごくちっちゃいのと、まぁまぁちっちゃいの、と、
そこそこ大きいの。あわせて12点できた。
大きいので蜜蝋と時間、使いすぎたな。
蝋をたくさん使ったので作品が重い。
ギリギリまで作る事に変わりはないのだけれど。

小作品がお菓子みたい

ヌガーにキャンディがはいってるみたい。
なんかおいしそう
意図したわけではないのだけれど

けっこう作品の数が増えてきたので、すこーし息継ぎ。
むしろ作品を削る(減らす)事も考えつつ
なんとかベストな状態に持っていこう。

制作がたのしい

3連休+月曜。家に籠りっぱなしで制作。
10//11-16の東京個展(ギャラリーKINGYO)では
中之条ビエンナーレで出展している作品を展示する予定だけれど、
何点か新たに描いた作品も展示する。
いまつくっているのは、小さな小さな作品。
なかには手の平に乗るぐらい小さなものもある。
なんか最近は"平面です”と言えなくなってきている。
作ってる工程も削る作業が多いし半彫刻のよう。
画像のは箱型の土台に薄い層で作っているのだけれど。
このサイズかわいい。
手にとると、ちいさくてきれいな石を拾いあげた気分になる。
きゅっきゅっと磨いてピカピカにしたら宝石みたい
あまりに小さいと削る作業がけっこう難しくて手間もかかるけど、
たくさん作りたくなって、
やめられない止まらない状態になりつつある…。
展示の構成をちょっと修正。
宝物さがしコーナーとか
わーたのしー

アーティストトークしました

Artist talk の様子  撮影:入野陽子

昨日は一日中、蜜蝋と樹脂をトロトロにとかしてメディウムをつくった
双方の分量を変えて試しては記録をとる
なんとも地味な作業
アーティストトークのとき、山重ディレクターに
なんでこんなに時間も労力も必要な方法でつくるのかと聞かれた。
たいへんでしょー?って
確かに
メディウムや絵具を作るのも手間がかかるし、臭いし、換気が必要なので夏は暑くて冬は寒い
現場で制作していた時は、ガスバーナーとかホットプレート、
電気コンロの熱に囲まれて暑さとの戦いだった・・・。
だけど長い間、みつろうという素材と向き合ってきたし、画面を溶かしたり削ったりしているとハッとするような美しさに出くわす
それで最後に立ちあがってくるものを、だれよりも私自身が見たいのだと思う
そういう原動力なくしてはやれないなぁ
ちなみに今が制作のベストシーズン
ちっこい作品制作中
これまた楽し

みなさんとお話するのはたのしい

旧廣盛酒造 トイレ

通運ビル1階 SHOP

もうすっかり秋の気配。
2度目の3連休が始まり、中之条に行きたくてしょうがないのだけれど、個展が控えているので制作をしなければっ
4日前に帰ってきたのに、もうみんなに会いたいし、ジョンソン食堂もtsumujiも恋しい
終わりに近づいてきてると思うとすごく寂しいな・・・
中之条に行くと色んな人に会うので、すぐ立ち話が始まってなかなか前に進めない
時間がある時は会場にいてお客さんとお話をする
話が弾んで気付けば30分位経過していた事もあった
多い時は1日で450名もの来場者
いろんな人がいて楽しいけど、ちょっとあせったことも
小さなお子さまが、入り口からまーっしぐらに私の作品に突進して、両手でベタッとタッチして満面の笑みを浮かべていたが、
あーっ!と言う間もない勢いで、、、びっくりした、、、
ちなみに、私の作品にはお手を触れませぬようお願い致します
会場にいると老若男女入り乱れ、私が話しかけると熱心に耳を傾けてくれる方もいるし、感じた事を伝えてくれる方もいる
そういう時間は大切にしたい
作品や作家との出会いが誰かのなにかのきっかけになればいいな
画像はトイレ空間で、他の作家さんとのコラボです

通運ビルShop(中之条駅をでて右手のビル)では小作品を販売しています
黄と赤はお買い上げいただきました
Shopには小作品1点とミニカードを追加しましたよ
過去に戻りながら日記更新中 つづく

階段にはエンコウスティック(蝋画)

中之条ビエンナーレ2011 旧廣盛酒造 階段

階段部分にも展示しています。
17日のアーティストトークは無事終了。
時間を共有して下さった皆様、ありがとうございました。
きんちょうしたなー、マイクを持つ手がブルブル震えて、
止めようとしても止まらなくて、
そんな自分にウケタ。
コンセプトのあたりで耐えきれず
あ″ーーーーーってなって、深呼吸してみたり。
緊張するタイプに見えないって言われるけど、気ちっちゃいのー。
お客さんも一緒に笑ってくれて
スタッフの方が水を入れてくれて
入り口付近にいた別のスタッフの方は緊張をほぐそうと変な動きをしてみせてくれて
作家仲間は関西弁で!と声をかけてくれて
それでやっと落ち着いて話ができて。
しどろもどろになった部分もあったけれど、
楽しかったと言ってもらえたので、いいことにしておこう・・・。
このシリーズは制作過程を理解してもらうと、やろうとしている事への理解がより深まると思う。
制作過程を撮影して会場で流すというのをやるべきだったな。
次回に持ち越しですね。

中之条ビエンナーレ2011 旧廣盛酒造

中之条ビエンナーレ 2011 旧廣盛酒造

こんな感じで展示しています。
大きなパネルに描いたエンコウスティック(蜜蝋画)と、
紙にマーブリングしたものをハニカムボードに貼って、その上からエンコウスティックで描いた
会場にいると、近所のおじぃちゃんやおばぁちゃんが続々と見にきてくれる。
他の地元の方々や来場者の方、他の作家さんともたくさんお話ができて
なんか楽しいな。
今週末は台風が来てしまって、ビエンナーレ会場が閉鎖されてしまい。
町のみなさんや、作品や色んな事が心配。
大きな被害が出ない事を祈るばかりです。
来週末は中之条へ
作品のメンテナンスと展示の補強をしたり、会場をフラフラしたり、
仲間と笑い合ったり、おいしいもの食べたりする予定。
薬局のおじちゃんには
風邪治ったよーってお礼を言いにゆこう

中之条ビエンナーレ始まりました!

東京と群馬を行ったり来たりしつつ現場でひたすら制作し、ついに開幕となった。
これまで描いた事のない大きな画面、わずかな緊張と高揚感を伴わせ描き始めた日が蘇る。
森にあるレジデンス施設に寝泊まりし、新しく出会った仲間達と寝食を共にした。
団体生活などほとんど経験したことはないし、大丈夫かなと危惧していたけれど
毎日が楽しく、ころころと笑い合い、時には熱く語り合った。
制作の事だけを考え、日々町の人たちと言葉を交わし、朝から晩まで制作に打ち込んだ。
美しい里山。
レジデンスの鍵にはクマ除けの鈴がついていたり、イノシシに出会わないよう、
山ヒルに血を吸われないよう警戒しながらも、
様々な生命が生息するこの場所がかけがえのない豊かな場所に思えた。
大きく白い腹の蛾は美しく。
暗い夜空にひときわ輝く月と星、そして虫の音色。
縦横無尽にはしる稲光。
数え切れないほどのホタル。
源氏ボタルと平家ボタルが行き交う幻想的な光景は、この先一生忘れる事はないだろう。
空へとのぼるほのかな光を目で追うと無数の星と入り混じる。
闇が深い木々の合間に見る光はより強い。
森にたちこめる霧。
木々や草花にかかるミスト、グレーの諧調がいったいどれくらいあるのか。
その場で体感した匂い、音、そして色が私の内側にしみ込んでいった。
滞在する日が長引くにつれ、町の人たちが私の存在を知る。
私のわずかな体調の変化にさえ気付いてくれる。
優しい言葉とさりげない気遣い。
些細な日々の出来事が私の日常をつくり制作に影響を与える。
縁もゆかりもなかったこの町は、親しい友人が居る場所になり
おかえりといってもらえる場所になった。
あわせて45日間滞在した。
この先も途切れはしない絆ができたと確信している。
http://www.bi-ku.com/nakanojo/index.html

滞在制作のはずが、、、

5泊6日の滞在制作の予定が、3日目の朝おじさんが亡くなったと連絡が入る。
家族は帰らなくていいと言ってくれたが、色々と気になり、まったく制作に身が入らず、下地を塗った後、ひたすら表面のやすりがけをするのが精一杯だった。

夜行バスにて群馬県~大阪へ向かう。少し仮眠した後、お通夜へ。
通夜の後は火守をするべく姉、いとこ達と共に朝まで静かに過ごす。
と思いきや、午前2時頃、姉の息子が救急車で運ばれたと連絡がくる。
慌てて病院へ。幸い大事には至らなかったが、1時間程点滴が終わるのを待った。
その後、再び火守に戻ったら、従妹に叔父の顔を描いて欲しいと言われる。
本当はひどく疲れていて、集中力を持って描くのは難しいと思ったが、
振り絞って鉛筆画を描いた。
人物画はそれほど得意ではないし、さらっと描けないので結局1時間ほど集中して描いた。
ひ、干からびた・・・。
だけど、従妹がとても喜んでくれたので良かった。
最期の姿を覚えておきたいけど写真は抵抗があったようだ。
お役にたててよかった。
でもね、きみの描いたおじちゃんの似顔絵もステキだったよ。
午前5時半、気絶するように眠りについたお葬式、最期のお別れはやっぱり悲しい。
自分が悲しいというより、叔父の家族の思いや、叔父に心残りがあったのでは、という思い。
お花を手向け、孫や親族が思い出の品を納めた。
通夜から骨上げまで、父の時の事を思い出していた。
もう14年前になるかな、ダメージが大きかったせいか記憶があいまいで、
覚えていない事がたくさんある。
あの時は号泣しすぎて目に霞がかかったようになって長時間前が見えなくなった。
父がいたから、色んな意味で留まってこれたんだと思う。
その後、美術に出会ってなかったらワタシどうなってたんだろう、とたまに思う。
そういえば、モチーフをクローズアップして描き始めたのも、
父が癌になった事と関わっている。
癌って、細胞が再生する際に組み換えに異変が起こったり、
生体の細胞がコントロールを失って無制限に増殖するようになったものだそう
その時私は自身の細胞の一部だからそれだけ取り除くって難しいのね、とか、人間って細胞の集まりなのね、という事を強く認識した。
それ以降、花や野菜をじーっとみては、種や葉脈の秩序が狂っているところを探してみたり。
たとえば、ぶなしめじをみた時などは、同じ様な丸い集まりだと思っていたのにみんな違う形、
双子がいたりして、人間もその他の生物も細胞の集まりなんだと思った。
幼少の頃、幾度となく骨上げに連れて行かれ、火葬場で人が骨に変わる姿をみてきた。
刺激が強すぎたとかはなく、ごく自然に。
母方の田舎の風習では、屈葬や土葬が行われてきたので、土に埋められる故人を傍観し、
幼心に、人は死んだら骨になったり土に還るんだとあたりまえのように受けいれてきた。
それでも父を亡くした時の喪失感は大きかった。
そんな思いがあるので、誰かが誰かの大切な人を亡くしたと見聞きしたりするととても悲しくなる。
おとうさん、おじちゃんと会えたかな